ちょっと奥さん、聞いてよ

日々の出来事を小説風に記録。社会の端っこで息をひそめる人間の物語。ここだけは自分が主役。

日記

金のオノと良い匂いのワックス

髪を切るのってなんでこんなに大変なんだろう。 私は、口には出さず頭の中でこっそりとそう呟いた。 長さや色の指定をして、その後雑誌でまたイメージの確認をして、途中でまた長さの確認をされて…。 「これで良いですか?」なんて聞かれても何が良いかなん…

怪しいものではございません!

東京には『新宿の母』と呼ばれる占いの権化がいるように、こんな田舎にもその土地の母を名乗る占い師がいる。 一ヶ月ほど前、友人のミナミと酒を飲みながらそんな都市伝説で盛り上がっていた。 まだ意識がはっきりしているうちに確かめてみようと、その場で…

父の子が思うこと

ふとカレンダーの月を数えてみると、いつの間にか実家に戻って1年半が経っていた。 10年ぶりに実家に住み始めたのだから最初こそ戸惑いはあったものの、今ではほとんどのことに居心地の良さを感じている。 しかし、いや、だからと言うべきだろうか。 ほとん…

花井さんの恩返し

「マガル君、ちょっとばあちゃんの話聞いてよ。」 「ん、どうしたの?」 「今日ね昼間に病院行ってきたの。そしたら、ほら、あの畑の向かいに住んでる人なんて言ったっけ。」 「河合さんのこと?」 「あぁそうそう!その花井さんがね。」 「ばあちゃん、河合…

俺の人生から”俺”が消えるとき

「だから何で俺がこんな面倒な思いをしなきゃいけないんだよ。自分の生き方くらい自分で選びたいわ。」 マガルはビールを呷(あお)りながら心の膿を少しだけ吐き出した。 既に何杯飲んだか分からない程酔いが回っているが、それでも膿を出し切るにはまだま…

その見た目なら美味くあれ

午前5時。祝日ということもあって町はまだ眠っているが、そんな中一軒だけ、明かりが灯っている。 家の中を覗くと男が一人、台所に立っている。 この男、名をカドヲマガルという。 なにやら熱心に携帯を見ていたかと思うと、やがて「よし」と小さくつぶやい…

まだ日が昇る前だというのに地面が、空が、町を明るくしている。 いつもならもう少し暗い気分のはずなのに、景色の白さに引っ張られたからか今日は気分がいい。 町が白で塗りつぶされるというよりも、白いキャンバスに少しだけ町が描かれているような、知ら…

ポイズンピープル

もう納期は何日も前なのに、K社が一向に成果物を送ってこない。 ふとした瞬間にそのことを思い出し、沸々と苛立ちが込み上げてきた。 先週電話した時には「月曜日には送ります」と言っていた。 それなのに、壁に掛けられた時計は本日2回目の4時を示している…

あなたのそばがいい

そばが食べたい、というよりもそばを作りたい。 多分感覚的にはこっちの方が正しいと思う。 そう思うと今すぐにでも作りたくなってきた。 パソコンを立ち上げて蕎麦打ちの道具を調べると、変な形の包丁やお盆みたいな器、長い棒などいろいろなものが必要だと…

1週間頑張ったで賞 受賞

冷たい風に身をすくめながら立っていると、勢いよく扉が開き和服の女性が出てきた。 「すみません、このドア手動なんですよ。」 なるほど、高いお店はどこも自動ドアだと思っていたが、どうもそうではないらしい。 一向に開く気配のなかったドアに「もしかし…

あなた、過去に何かあったでしょ?

ようやく仕事がひと段落してソファに座ると、途端に体から疲れが湧き出てきて、それが一気に重力を得て体にのしかかってきた。 僕が思っている以上に僕の体は疲れているらしい。 トイレに行きたい気もするけど、カーペットが足を放そうとしないので歩くこと…

見えない壁

就業時間を超えても尚仕事を続けるマガルに、荷物を抱えた男が声をかけている。 「マガルさんまだやっていくんですか?お疲れ様です。」 マガルは自分が話しかけられるとは思っていなかったため、一瞬反応が遅れてしまう。 「あ、ありがとうございます。もう…

ココロカクテル

家に帰り胸を開くと、体の中から一つずつ異物を取り出していく。 昼頃に仕事が捗らずイライラしている自覚はあって、体から出した手を見ると、やっぱり『怒り』と書かれた容器は8割ほどにまで満たされていた。 その代わりに、朝新品に入れ替えた『喜び』はす…

悪くない日の夜の気分

風呂上りに自室へ戻るマガルの足取りは、いつもよりも軽やかで弾むように歩いていた。 いつもより少しだけ鼻の穴が広がり、意気揚々としている。 何か特別な良いことがあったというよりは、何も悪いことがなかったという言葉が一番ピッタリくる表現だと思う…

食事に行った日

────────────────────────── 「ありがとうございましたぁ。」 気の抜けた声が聞こえ顔を上げると、いつのまにか店内には客が私一人になっていた。 時計の針は19時を指している。 レシートを見ると支払時間が16時と書いてあるから、3時間ほど読書に熱中してい…

母親観察日記

昨日の分の小説風日記。 ────────────────── 母が大きなケーキを買ってきた。 パッケージには『特大サイズ800グラム!』と書いてある。 母曰く食べたかったからではなく安かったから買ってきたそうだ。 夕食を終えると、母は冷蔵庫から嬉しそうにケーキを運…

ポジティブ始めました

よし、今日は自分から色んな人に話しかけることができた。 周りの人たちと比べるとまだまだ口数は少ないだろうけど、それでも会話ができただけ良しとしよう。 とりあえず頑張ったかな。 この日、マガルは積極的に周りと会話をしていた。 傍目には『内気な人…

すみっこのひとりごと

自席を立つと入り口のところで談笑をしている集団がいた。 何人かは壁にもたれ、また何人かはコーヒーを片手に笑いあっている。 マガルは一歩踏み出して輪の中に入ろうとするも、そのまま集団を通り過ぎてトイレに向かう。 コーヒーの香りがマスクをすり抜け…

怒る女と食う男

今日の小説風日記。 ───────────── 1月26日午後8時20分。 とある田舎では雨が降っていて、その田舎のとある中華料理店では1組の男女が向かい合って話し込んでいた。 男の名はカドヲマガル。そして女の名はスズキサヤカという。 この男、人見知りで神経質で臆…

一人愛

▼今日の小説風日記▼ ───────────────────────────── 昼休憩が終わりパソコンに向かうも、マガルの目には涙があふれ時折デスクに零れ落ちていた。 キーボードから手を放しティッシュを取ろうとするも、さっき使い切ったことを思い出し手を戻す。 マガルの足元…

パワハラ育成所

「久しぶり、マガル。急に電話かけてごめんね。元気にしてた?」 「お久しぶりです。なんやかんやと元気にしてますよ。先輩はお元気でしたか?」 「いや実はさ、俺は元気なんだけど会社があんまりいい雰囲気じゃなくてさ。ちょっと愚痴聞いてくれない?」 「…

まぶたのほし

タンタンタンと窓から優しい音が響きマガルが顔を向けると、雨が降り始めていた。 テレビの音量を下げて、雨の音に耳を傾ける。 静かな部屋でマガルは小さく微笑んでいた。 家の中で聞く雨音は、ここにいていいよと言ってくれているような気がする。 眠くは…

ヤクザインザカー

帰り道、ふと前の車を見るとナンバープレートが『・8 93』だった。 そこまで推理力に自信があるわけではないが、十中八九ヤクザとみて間違いないだろう。 そんなつもりはサラサラないが、万が一にも煽り運転はできないし、煽り運転だと勘違いされることも許…

個サルの一コマ

きた、ここだ。 あの人が中に切り込んでくるから、この位置から走ればちょうどパスが来るはずだ。 ほらやっぱりきた。 落ち着いてファーストタッチで切り返せばシュートレンジだ。 あれ、あ、ボールに追いつけない。 「すみません、届きませんでした!」 ま…

対岸の言葉たち

マガルは仕事からの帰り道、何気なくいつもと違う道で帰ると見慣れないラーメン屋があることに気が付いた。 立て看板で大きく『1月7日オープン!』と書かれたその店には、満席にはいかないまでも多くの客の姿が見える。 コロナ渦ということを鑑みれば、まず…

ねむい

脳がだんだん溶けていくような、それでいて少しずつ重みが増して実体を帯びていくような感覚だ。 手足までは伝達が行き届かず、脳だけがギリギリのところで動いている。 呼吸に合わせて毛布が微かに上下し、肌を優しくなでる。 動きはしないものの、かろうじ…

白色の日

だめだ、どうしてもマックが食べたい。 男は突然の衝動に駆られて席を立つ。 仕事中は『緩くのんびりと』を信条としているが、こういう時には動きが速くなる。 頭で考えるよりも先に手がパソコンを閉じ、カバンに荷物を詰め込んでいた。 頭の中で『会社を抜…

内気な青春 もう一つのお話3

前の記事の続き。 ──────────────────────────────────── 日中は勉強をする気になれず、恐ろしくゆっくりと進む時間の中で時計とテレビを交互に見続けていた。 その日の夕方、昨日と同じころにまたもや病室の外から騒がしい声が聞こえてきた。 ノックも無く…

内気な青春 もう一つのお話2

前の記事の続き ──────────────────────────────────── ぼんやりと目を開けると、母親の姿が目に入った。 「あ、おはよう。着替え持ってきたから置いとくね。足の具合はどう?」 「ん、大丈夫。」 短い会話の後、マガルは寝る前の行動を思い出してハッとする…

内気な青春 もう一つのお話1

病院ってなんでこんなに暇なんだろう。 足が動かないせいで一人で散歩することもできないし、かといってベッドで時間をつぶせるようなものが何もない。 マガルはベッドの端の方に置かれた推理小説に目を向ける。 入院生活の暇つぶしにと母親が1階の売店で買…