ちょっと奥さん、聞いてよ

日々の出来事を小説風に記録。社会の端っこで息をひそめる人間の物語。ここだけは自分が主役。

父の子が思うこと

ふとカレンダーの月を数えてみると、いつの間にか実家に戻って1年半が経っていた。

10年ぶりに実家に住み始めたのだから最初こそ戸惑いはあったものの、今ではほとんどのことに居心地の良さを感じている。

しかし、いや、だからと言うべきだろうか。

ほとんど居心地がいい。だからこそ『ほとんど』から漏れた部分が際立ってしまう。

 

夕方、買い物袋をぶら下げた父が帰ってきた。

 

「はい、おはぎ買ってきたぞ。ここに置いとくからな。」

 

「あ、うん…。ありがとう。」

 

父の方には目を向けず、携帯の画面に向かって言葉をこぼす。

台所のテーブルからガサガサと音がして、袋が置かれたのだと分かった。

動こうとしない私の代わりに、母がテーブルへ歩み寄る。

すると母が、袋を広げながら「あれ。」と呟いた。

 

「マガル、おはぎ食べれないでしょ。私が食べて良い?」

 

ドキリとして言葉に詰まってしまった。

母の言葉に、私よりも先に父が反応する。

 

「あれ、そうだっけ?お前はよく知ってるね。」

 

母に言った父のその言葉は、私が恐れている言葉だ。

心臓が冷水に落とされたように一瞬息が止まる。

そして深い水の中でもがくような感覚に陥る。

 

ゆっくりと鼻から息を吐き出し、少しずつ呼吸を取り戻しながら口を開いた。

 

「あー、でも一応置いといて。」

 

食べるつもりはないのに、曖昧な返事をしてしまう。

あとで父が自室に戻った時に、母に食べてもらおう。

 

私と父は、お互いのことをあまり知らない。

仲が悪い、ではなく、知らない。この言葉の方が合っている。

昔実家に住んでいた時には、父は早朝から深夜まで仕事に明け暮れ、家で顔を合わす機会はほとんどなかった。

それに拍車をかけるように10年の一人暮らし期間。

私は父のことをあまり知らないまま大人になってしまった。

 

この1年半の生活を通して、父が私に気を使っていることが節々で感じられた。

例えばおはぎを買ってきたことにしても、朧(おぼろ)げな記憶をたどってところで、昔は父が私に何か買ってきたことはなかったように思う。

気を使われているという感覚が見えない壁を作り出し、私と父を隔てている。

 

もしかしたら父も同じように、私が気を使っていることを感じ取っているかもしれない。

そう思うと、壁はさらに厚みを増し、よりはっきりと目の前に現れる。

 

楽しく笑いながら会話をしてみたいという気持ちはあるものの、今更父に気さくに話しかける勇気が出ない。

父はきっと私に対して、あまり話しかけてこないやつというイメージを持っているだろう。

そう思うと、父のイメージから出ることが悪いことのような気がしてしまう。

 

何一つ行動していないのに、妄想だけが先走り、窮屈に感じるほど壁の厚みが増している。

 

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