俺の人生から”俺”が消えるとき
「だから何で俺がこんな面倒な思いをしなきゃいけないんだよ。自分の生き方くらい自分で選びたいわ。」
マガルはビールを呷(あお)りながら心の膿を少しだけ吐き出した。
既に何杯飲んだか分からない程酔いが回っているが、それでも膿を出し切るにはまだまだ酒が足りない気がした。
「そう思うならまず、マガルが自分の気持ちをしっかり伝えなきゃダメだよ。言いたいこと言わないと一生損し続けるよ。」
ハヤシが感情的に答えると、マガルはそれをさらに上回る熱量で反論した。
「ハヤシ、それは違うよ。自分の考えを伝えるってことは、相手の考えを否定するってことじゃん。俺は自分を理解してもらえないっていうストレスよりも、相手に嫌な思いをさせたかなって不安になることの方がストレスかかるの。だから俺はただそっとしておいて欲しいんだよ。損するとか得するとかじゃなくて、その輪に入れてほしくないんだよ。」
いつも相手の欲しい言葉だけで会話をしていたせいで、自分の気持ちというものが分からない。
でも、これはきっと本心だと思う。
信頼している友達にだからこそ、伝えられる。
しかし本心を出しても、マガルの膿がなくなることはなかった。
というよりも、一つ膿を出すと一つ新しい膿が生まれて、とめどなく口からあふれてくる。
「みんなと同じように恋愛してなきゃダメなの?恋愛しないで友達と遊んだり、一人で旅行行くのってそんなに変なことなの?なんで赤の他人に『あの人は内気だから彼女出来ない』って噂されなきゃいけないんだよ。」
吐き出した膿が、足元に溜まっていく。
「頼んでもないのに合コンを企画して、その上そのことを社内で言い広めて『カドヲ君は出会いがあるような生活してないから俺が紹介してあげるんだ』って自慢して歩いてるんだぜ?出会いがある生活しなきゃダメなのかよ。お前の幸せを押し付けんなよ。」
ハヤシの後ろに会社の人たちを思い浮かべて、マガルは言葉をぶつけた。
「まぁ確かにマガルの気持ちはわかるよ。そのうえ合コンも全然つまらなかったしね。」
ハヤシが同調する。
「はぁ。ハヤシ、今日はホントにありがとう。今日の場にハヤシがいなくて俺と先輩で二対二の合コンだったら、俺絶対発狂してたわ。」
「じゃあ俺がいたおかげで発狂するタイミングが今になったんだな。」
ハヤシは冗談だと伝えるために笑いながら言ったが、全くその通りだった。
こうして二人で飲みなおすことができなければ、膿が体を蝕(むしば)んで脳の動きを止めていたんじゃないかと思う。
「ちょっとトイレに行ってくるわ。」
マガルは足元に散らばる膿を想像し、踏みつぶすように歩いていく。
月曜日になるときっと会社の人たちから「合コンどうだった?」「うまく会話できた?」と聞かれるのだろう。
そのことを思うと、また新しい膿が育ち始めていた。
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