ちょっと奥さん、聞いてよ

日々の出来事を小説風に記録。社会の端っこで息をひそめる人間の物語。ここだけは自分が主役。

内気な青春 もう一つのお話3

前の記事の続き。

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日中は勉強をする気になれず、恐ろしくゆっくりと進む時間の中で時計とテレビを交互に見続けていた。

その日の夕方、昨日と同じころにまたもや病室の外から騒がしい声が聞こえてきた。

ノックも無くドアが開くと、3人のクラスメイトが見舞いに来てくれていた。

 

しかしマガルにとってはこれが意外だった。

この3人、マガルの中では別に仲が良いとは思っていない人達なのだ。

教室で話すわけでもなく、ましてやケガをしたときに見舞いに来るような間柄ではなかったはずだ。

おう、と挨拶を交わしつつもマガルとクラスメイトの間には妙な距離感がった。

 

「骨折したんだってな、今も痛いのか?」

 

クラスメイトの一人が少し遠慮がちに口を開く。

 

「今は痛くないかな。ギプスでガチガチだから動かしようはないんだけどね」

 

「そうか、大変だな。ごめんなそんな時に来ちゃって。」

 

「いや嬉しいよ。わざわざ来てくれてありがとう。」

 

いくつか言葉を交わした後、居心地の悪い沈黙が生まれた。

頭の中で必死に共通の話題を探してみるが、何を話せばいいのかさっぱり浮かんでこない。

すると、2人の後ろにいたクラスメイトが顔の隙間から覗き込みながら、あのさと話し始める。

 

「サッカー部のヤツから聞いたんだけど、昨日あいつらお見舞い来たんだろ?」

 

「あぁ、来てくれたよ。」

 

「その時さ、なんか、ちょっとアレな漫画をもらったんだよな?」

 

「あ、聞いたの?そうなんだよマジ困ってるんだよね。昨日強引に渡されて、捨てるわけにもいかないからずっとそこの棚に隠してあるんだよ。昨日棚に入れたっきりで一回も出してないよ。」

 

最後の一言は余計だったかと考えつつ、マガルは指先で棚の場所を示す。

 

「あー、やっぱり?サッカー部のヤツもマガルが迷惑そうにしてたって言ってたわ。悪いことしちゃったって言ってたよ。」

 

「え、いや別に全然悪いこととか思ってないよ。お見舞いに来てくれたのはすげぇ嬉しかったしさ。ただアレは病院だと隠しようもないし困るんだよね」

 

マガルは笑いながら弁解し、あくまで自分はふたりエッチに興味がないことを強調する。

クラスメイトも同じように笑いながら、そっかと相槌をうつ。

 

「まぁ実はさ、今日はサッカー部からその話を聞いて来たんだよね。」

 

意味が理解できずマガルが首をかしげると、それを合図にクラスメイトは続きを話し始めた。

 

「マガルあの本があると病院ではいろいろ不便だろ?だからさ、俺たちでアレ持って帰ってやるよ。そしたら入院中安心だろ?」

 

その瞬間、マガルは自分が崖のふちまで追いやられているような気分に陥った。

 

そんなことをされては困る。

これは昨日からずっと楽しみにしている代物だ。

 

必死で断る理由を考えるがまともな理由は何も思い浮かばない。

これ以上無言でいるわけにもいかず、マガルは観念する。

 

「え、マジで?もらってくれるならすげぇ嬉しいわ。そこの引き出しに入ってるんだけどさ、昨日棚に入れたっきりだわ。確か紙袋に入れてたと思う。」

 

マガルが言い終える前にクラスメートは棚に手を伸ばし、中から紙袋を取り出していた。

 

「あーこれか。分かった、じゃぁこれは俺たちがもらっとくね。」

 

「…おう、悪いな。」

 

「お前も入院中にこんなもの渡されて大変だったな。」

 

「まぁな、ありがとう。」

 

「もし退院後とかにさ、見たくなったら言ってよ。すぐに返すから。」

 

「あぁ、悪いな。」

 

「足は痛くないんだよな?」

 

「まぁ、今日のところはな。」

 

「早く治ると良いな。」

 

「おう、ありがとう」

 

「じゃあ俺たち明日も学校あるしもう帰るわ。」

 

「お、気をつけてな。」

 

内気なマガルは自分の本心を何一つ伝えることができず、夢にまで見た大人の教科書を手放すことになってしまった。

彼がほんの少しでも人見知りを克服できていれば、或いは大人へと近づけていたのかもしれない。

 

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