ちょっと奥さん、聞いてよ

日々の出来事を小説風に記録。社会の端っこで息をひそめる人間の物語。ここだけは自分が主役。

2021-01-01から1ヶ月間の記事一覧

悪くない日の夜の気分

風呂上りに自室へ戻るマガルの足取りは、いつもよりも軽やかで弾むように歩いていた。 いつもより少しだけ鼻の穴が広がり、意気揚々としている。 何か特別な良いことがあったというよりは、何も悪いことがなかったという言葉が一番ピッタリくる表現だと思う…

食事に行った日

────────────────────────── 「ありがとうございましたぁ。」 気の抜けた声が聞こえ顔を上げると、いつのまにか店内には客が私一人になっていた。 時計の針は19時を指している。 レシートを見ると支払時間が16時と書いてあるから、3時間ほど読書に熱中してい…

母親観察日記

昨日の分の小説風日記。 ────────────────── 母が大きなケーキを買ってきた。 パッケージには『特大サイズ800グラム!』と書いてある。 母曰く食べたかったからではなく安かったから買ってきたそうだ。 夕食を終えると、母は冷蔵庫から嬉しそうにケーキを運…

ポジティブ始めました

よし、今日は自分から色んな人に話しかけることができた。 周りの人たちと比べるとまだまだ口数は少ないだろうけど、それでも会話ができただけ良しとしよう。 とりあえず頑張ったかな。 この日、マガルは積極的に周りと会話をしていた。 傍目には『内気な人…

すみっこのひとりごと

自席を立つと入り口のところで談笑をしている集団がいた。 何人かは壁にもたれ、また何人かはコーヒーを片手に笑いあっている。 マガルは一歩踏み出して輪の中に入ろうとするも、そのまま集団を通り過ぎてトイレに向かう。 コーヒーの香りがマスクをすり抜け…

怒る女と食う男

今日の小説風日記。 ───────────── 1月26日午後8時20分。 とある田舎では雨が降っていて、その田舎のとある中華料理店では1組の男女が向かい合って話し込んでいた。 男の名はカドヲマガル。そして女の名はスズキサヤカという。 この男、人見知りで神経質で臆…

一人愛

▼今日の小説風日記▼ ───────────────────────────── 昼休憩が終わりパソコンに向かうも、マガルの目には涙があふれ時折デスクに零れ落ちていた。 キーボードから手を放しティッシュを取ろうとするも、さっき使い切ったことを思い出し手を戻す。 マガルの足元…

パワハラ育成所

「久しぶり、マガル。急に電話かけてごめんね。元気にしてた?」 「お久しぶりです。なんやかんやと元気にしてますよ。先輩はお元気でしたか?」 「いや実はさ、俺は元気なんだけど会社があんまりいい雰囲気じゃなくてさ。ちょっと愚痴聞いてくれない?」 「…

まぶたのほし

タンタンタンと窓から優しい音が響きマガルが顔を向けると、雨が降り始めていた。 テレビの音量を下げて、雨の音に耳を傾ける。 静かな部屋でマガルは小さく微笑んでいた。 家の中で聞く雨音は、ここにいていいよと言ってくれているような気がする。 眠くは…

ヤクザインザカー

帰り道、ふと前の車を見るとナンバープレートが『・8 93』だった。 そこまで推理力に自信があるわけではないが、十中八九ヤクザとみて間違いないだろう。 そんなつもりはサラサラないが、万が一にも煽り運転はできないし、煽り運転だと勘違いされることも許…

個サルの一コマ

きた、ここだ。 あの人が中に切り込んでくるから、この位置から走ればちょうどパスが来るはずだ。 ほらやっぱりきた。 落ち着いてファーストタッチで切り返せばシュートレンジだ。 あれ、あ、ボールに追いつけない。 「すみません、届きませんでした!」 ま…

対岸の言葉たち

マガルは仕事からの帰り道、何気なくいつもと違う道で帰ると見慣れないラーメン屋があることに気が付いた。 立て看板で大きく『1月7日オープン!』と書かれたその店には、満席にはいかないまでも多くの客の姿が見える。 コロナ渦ということを鑑みれば、まず…

ねむい

脳がだんだん溶けていくような、それでいて少しずつ重みが増して実体を帯びていくような感覚だ。 手足までは伝達が行き届かず、脳だけがギリギリのところで動いている。 呼吸に合わせて毛布が微かに上下し、肌を優しくなでる。 動きはしないものの、かろうじ…

白色の日

だめだ、どうしてもマックが食べたい。 男は突然の衝動に駆られて席を立つ。 仕事中は『緩くのんびりと』を信条としているが、こういう時には動きが速くなる。 頭で考えるよりも先に手がパソコンを閉じ、カバンに荷物を詰め込んでいた。 頭の中で『会社を抜…

内気な青春 もう一つのお話3

前の記事の続き。 ──────────────────────────────────── 日中は勉強をする気になれず、恐ろしくゆっくりと進む時間の中で時計とテレビを交互に見続けていた。 その日の夕方、昨日と同じころにまたもや病室の外から騒がしい声が聞こえてきた。 ノックも無く…

内気な青春 もう一つのお話2

前の記事の続き ──────────────────────────────────── ぼんやりと目を開けると、母親の姿が目に入った。 「あ、おはよう。着替え持ってきたから置いとくね。足の具合はどう?」 「ん、大丈夫。」 短い会話の後、マガルは寝る前の行動を思い出してハッとする…

内気な青春 もう一つのお話1

病院ってなんでこんなに暇なんだろう。 足が動かないせいで一人で散歩することもできないし、かといってベッドで時間をつぶせるようなものが何もない。 マガルはベッドの端の方に置かれた推理小説に目を向ける。 入院生活の暇つぶしにと母親が1階の売店で買…

内気な青春 3

前の日記の続き。 ───────────────────── 骨折をした次の日、マガルは病院のベッドで横になっていた。 少しクセのある骨の折り方をしたらしく、1週間入院することになっていたのだ。 最後の大会に自分が間に合わないということが未だに信じられず、心のどこ…

内気な青春 2

前の日記の続き。 ───────────────────── 試合当日、空は気持ちのいい晴れ方をしていた。 時折、グラウンドには緑に色付きだした木々を揺らしながら風が舞い込み、小さな砂埃を上げている。 あたたかな太陽の匂い、スパイクが固い地面をこする音、所々石灰の…

内気な青春 1

本日は高校サッカー決勝戦。 自身も学生時代サッカー部に所属していたことから、カドヲマガルも仕事をしながら観戦していた。 この男、小中高とサッカーを続けてきたものの大してうまくはないし、プロサッカーにも興味がない。 だがしかし、高校サッカーに関…

夜食

半分ほど資料を作り終えたところで、プツンと集中の糸が切れる音がした。 頭の中が急に散らかりだして、考え事がうまくまとまらない。 考えているうちに何を考えていたのか忘れてしまう。 深夜まで仕事をしていると、突発的にこういう状態に陥ることがある。…

ある男の誓い

客の少ない店内では、耳を澄ませば全ての会話を聞くことができた。 例えば隣の客はコロナについて話している。 「吉田沙保里もコロナになったらしいですよ」 「吉田沙保里って誰でしたっけ?」 「ほらあの人ですよ、霊長類の人!あれ、あの人は霊長類で合っ…

夜の王

朝から降り続けた雪は一日かけて街をすっかり覆い隠してしまった。 外へ出てみると雪がすべての音を飲み込みしんと静まり返っている。 何も存在しない夜に自分だけがぽつんと立っていると、まるでこの夜を支配しているように錯覚する。 不意に「夜の王」とい…

週に一度の爽やかな絶望

朝起きて男が最初に思ったことは「あと1日で開放される」だった。 男にとって金曜日は唯一希望を持って働ける日である。 寒さのせいで布団を抜け出すことができず、あと5分を3度繰り返したころ、ようやく意を決して起き上がることに成功した。 両手足が布団…

光る暗闇

午前6時30分。 空はまだ暗く、風の音だけが響いていた。 昨日の予報では、今日は大寒波の影響で大雪になると報道されていたが、道路は少し湿っている程度だった。 しかしそれでも寒い。家を出ると風が顔に打ち付け、思わず「ウッ」と小さな呻き声が漏れた。 …

上司と社畜と悪魔と私

「ちょっと荷物の受け取り行ってきて」 上司に軽い感じで頼みごとをされ、同じく軽い感じで「はい」と返事をした。 先に確認をしなかった私が悪かったのだろうか、なんと隣の県まで荷物を受け取りに行くことになってしまった。 上司と私の間で”ちょっと”とい…