ちょっと奥さん、聞いてよ

日々の出来事を小説風に記録。社会の端っこで息をひそめる人間の物語。ここだけは自分が主役。

夜の王

朝から降り続けた雪は一日かけて街をすっかり覆い隠してしまった。

外へ出てみると雪がすべての音を飲み込みしんと静まり返っている。

何も存在しない夜に自分だけがぽつんと立っていると、まるでこの夜を支配しているように錯覚する。

不意に「夜の王」という言葉が頭に浮かび、昔中二病を患っていた時のことが思い出された。

雪の中だというのに体がカッと熱くなる。

 

あの頃、私はママチャリが何よりも格好いいと信じ込んでいた。

どんなに雪が降ろうとも徒歩5分の距離をママチャリで通い続けていた。

早起きが得意な私は7時前には身支度が完了していたが、週に一回は遅刻することを心掛けていた。

毎週木曜日は9時になるまで茶の間で時計の針を見続け、9時のチャイムが鳴ると同時に家を飛び出し9時2分に校門をくぐっていた。

遅刻していく日は少し不貞腐れたような態度をとり、無口な男を演出することがこだわりだった。

 

懐かしい記憶が呼び起こされて雪に顔をうずめたい衝動に駆られてしまう。

当時はそれが何よりも格好いいと思っていた。

 

人の心というのは不思議だ。

同じ人間でも歳によって何が格好いいか全く変わってくる。

好きも、嫌いも、常に変わり続けている。

永遠など本当は存在していなくて、言葉の化粧で気持ちを誤魔化しているだけなのかもしれない。

だとすると、当時の恥を語れる私は誰よりも純粋な存在と言えるのだろうか。

 

人の心というのは不思議だ。

歳によって変わるだとか、永遠などないだとか、適当なそれっぽい言葉を並べれば、過去の恥ずかしい出来事も格好よく見えるかと期待したが、どうやら言葉の化粧には限界があるらしい。

それどころか文を読み返してみれば「あぁ、こいつ未だにあの頃の病を引きずってるな」と判断されるような内容である。

 

火照った顔を冷ますために何処ともなく雪の中を歩きだす。

まだ足跡のないところを歩くと、ギュッギュッとゴムが擦れ合うような音が響いた。

私にはこの音が夜の王の復活を称える音に聞こえた。

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