ちょっと奥さん、聞いてよ

日々の出来事を小説風に記録。社会の端っこで息をひそめる人間の物語。ここだけは自分が主役。

金のオノと良い匂いのワックス

髪を切るのってなんでこんなに大変なんだろう。

 

私は、口には出さず頭の中でこっそりとそう呟いた。

長さや色の指定をして、その後雑誌でまたイメージの確認をして、途中でまた長さの確認をされて…。

「これで良いですか?」なんて聞かれても何が良いかなんて分からないし、逆にどうですかと聞き返したくなる。

 

ハサミの音が止まり、両手で頭を少しだけ左に傾けられた。

 

「結構軽くなったと思いますよ。どうですか?」

 

「あ…はい、軽くていい感じだと思います。」

 

これは軽いのか、そして良い感じなのか自分の言葉に一切の自信が持てない。

でもなんとなく、この人はこの言葉が欲しいのかなと思った。

私の返事はこの人にとって、業務終了を告げるチャイムのようなものかもしれない。

満足そうに頷きながら軽く伸びをしている。

 

「この後なにか予定あるんですか?」

 

軽い調子で聞かれたので、私も同じように軽い調子で答える。

 

「あ、えっと家でドキュメンタルの続きを見て、その後チャーハン食べますっ。」

 

「あ、へ~。…一応ワックスつけときましょうか?」

 

お情けなのか、チャーハンを外で食べると思っているのか分からないが、どうやら私でもワックスをつけてもらえるらしい。

もしかするとどう答えてもつけてくれるつもりだったのかもしれない。

それでも、金の斧銀の斧で正直者の男が斧を二本貰ったような気持ちになる。

 

面白みのない休日を過ごす男でも、正直でいればワックスをもらえるようだ。

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