ちょっと奥さん、聞いてよ

日々の出来事を小説風に記録。社会の端っこで息をひそめる人間の物語。ここだけは自分が主役。

ヤクザインザカー

帰り道、ふと前の車を見るとナンバープレートが『・8 93』だった。

そこまで推理力に自信があるわけではないが、十中八九ヤクザとみて間違いないだろう。

そんなつもりはサラサラないが、万が一にも煽り運転はできないし、煽り運転だと勘違いされることも許されない。

ハンドルを両手でしっかりと握り、背筋を伸ばす。

 

それにしてもヤクザというのは全員黒塗りの車に乗っているものだと思っていた。

前を走る車は水色のアクアだ。

ヤクザであることは間違いないのだろうが、車選びのセンスやスピードの出し方、ブレーキのタイミングだけを見ると『中学生の息子を持つ40代女性』のような印象だ。

テレビや漫画では怖い印象だったが、実際のヤクザというのはもっと庶民派らしい。

 

信号を4つ過ぎたところで、アクアのヤクザが車線変更をした。

ここで車線変更をするということは、このヤクザはイオンで買い物をするつもりなのだろうか。

5つ目の信号で止まると、ちょうど私の車とアクアのヤクザが横並びになった。

内気な性格ではあるものの、私も男である以上はヤクザという存在が気になってしまう。

肩こりがひどいフリをして首に手を当てながらさりげなく横を覗く。

私の見えた範囲では、助手席には誰も乗っておらず運転席は40代くらいの女性が乗っていた。

今時のヤクザは女性が運転するものらしい。

自分がテレビで見ていた姿とのギャップに驚きつつも、時代錯誤な考えで偏見を持っていたことを恥じ顔を赤らめる。

 

信号が青に変わり、アクアのヤクザが左へ曲がった道を平凡な私が直進する。

後部座席を見ることはできなかったが、きっとスーツに黒ネクタイをした男が乗っていたのだろう。

時代に合わせて人の趣向は変わり、また人の趣向に合わせて仕事のスタイルも変わってきている。

ヤクザという世界においても、家庭的なコンパクトカーを取り入れるほどの変革があったらしい。

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