ちょっと奥さん、聞いてよ

日々の出来事を小説風に記録。社会の端っこで息をひそめる人間の物語。ここだけは自分が主役。

内気な青春 3

前の日記の続き。

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骨折をした次の日、マガルは病院のベッドで横になっていた。

少しクセのある骨の折り方をしたらしく、1週間入院することになっていたのだ。

最後の大会に自分が間に合わないということが未だに信じられず、心のどこかではもしかしてあと1週間で完治するのではと、叶うはずのない願いを胸に秘めていた。

 

夕方、暇を持て余していたマガルの病室が騒がしくなった。

部活を終えたチームメイトが総出でお見舞いに来てくれたのだ。

「痛くないか」「大丈夫か」と皆が心配してくれることに妙な恥ずかしさを感じそわそわとしてしまう。

嫌というわけではないが、なんだか落ち着かない。

目のやり場に困ってチームメイトの荷物に目を向けると、汚れた服の入ったビニール袋があることに気が付いた。

 

「あれ、部活したの?」

 

今まで部室でタバコを吸うだけだった皆が真面目に部活することがイメージできず、マガルはキョトンとした顔で部屋全体に問いかけた。

すると今度は、チームメイトたちが急に恥じらい、そわそわと目を見合うようになった。

 

「実はさ、今日真面目に練習したんだ。ていうか、これから真面目に練習するわ。昨日骨が折れた時、病院でめちゃくちゃ泣いたんだろ?部屋の外で監督がそれ聞いてて、試合が終わった後に俺たちにそのこと話したんだ。」

「完治するまで2か月かかるんだよな?てことは勝ち進んでいけば全国大会にちょうど完治するよな?」

「今日部活終わりに全員で3キロ走ったんだぜ。まぁ皆すげぇ時間かかったけど」

 

皆が一斉に話しだす。

何か言いたいと思うが、マガルは気持ちとは裏腹に口を堅く閉じる。

口を開くと言葉と同時に泣いてしまう気がした。

皆の気持ちが、純粋にうれしかった。

 

「マガル、俺たち何とか勝ち続けるから、全国大会で一緒にサッカーしようぜ」

 

そう言い残し皆は病室を後にした。

夕日が差し込む部屋には、紙袋に入った見舞いの品とマガルだけがぽつんと残されていた。

皆と壁を作り、一人で練習をしていた日々に少しだけ後悔が入り込む。

自分から一度でも「練習しよう」と声をかけていれば、この青春は全く違う結果になっていたかもしれない。

 

これがドラマや漫画ならきっとこのチームは奇跡の大躍進を見せて全国大会に出場していただろう。

しかし残念ながらこれはある田舎で起こった本当の話だ。

結局、大会はというとあっけなく地区予選で敗退してしまった。

今までまともな練習をしてこなかったチームだ、当然の結果である。

マガルは最後の試合をベンチで眺めていた。

隣に置いた松葉杖がグラウンドに丸い足跡を残している。

試合終了の笛は裏返った甲高い音で、なんとも締まりの悪い最後だと思った。

3年間の努力を昇華させることができなかったマガルは、悔しくもなく、晴れやかな気分にもなることはなかった。

 

あの時骨が折れていなければ、あの時みんなに練習しようと呼びかけていれば、様々な後悔が頭の中に浮かんでは消え、黒い靄が心を覆っていた。

 

それから十数年経ち、当時の靄はほとんどが消えてなくなっていた。

ただまだ少しだけ残っていて、時折その靄は心に覆いかぶさろうとしている。

 

彼の”終わらせられなかった青春”を代わりに終わらせてくれるように、テレビでは試合に負けた高校生が涙を流していた。

 

 

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