ちょっと奥さん、聞いてよ

日々の出来事を小説風に記録。社会の端っこで息をひそめる人間の物語。ここだけは自分が主役。

内気な青春 もう一つのお話1

病院ってなんでこんなに暇なんだろう。

足が動かないせいで一人で散歩することもできないし、かといってベッドで時間をつぶせるようなものが何もない。

 

マガルはベッドの端の方に置かれた推理小説に目を向ける。

入院生活の暇つぶしにと母親が1階の売店で買ってきたものだ。

雑に置かれたその本は、初めの数ページめくったところでしおりが挟まれている。

もう夕方なのにしおりの位置は昼間からちっとも変っていない。

 

日が沈みかけ部屋全体が赤みを帯びてきたころ、病室の扉がノックされた。

コンコンと音が聞こえる前からドアの外は騒がしく、チームメイトが来たことは気づいていた。

それでも、開いたドアの先にチームメイトの姿を見ると嬉しくなる。

今までまともな練習をしたことがないチームだが、今日から本気で頑張るのだと皆が口々に意気込みを語る。

できるわけないと思いつつも、皆の言葉の一つ一つが嬉しかった。

 

しばらくすると誰かが「もう行くか」と言い出して立ち上がる。

するとチームメイトの一人が小さく咳をして、マガルに紙袋を差し出す。

 

「これな、皆で割り勘して買ったんだよ。買うの勇気いったから、大事に使えよ。」

 

「なんだよ見舞いの品なんてあるの?ちょうど暇だったんだよね、ありが、、、。」

 

お礼を言いながら中身を取り出し、マガルは思わず言葉を止める。

全身の毛穴が開き、血が体内で急加速しているのが分かる。

マガルの手には「ふたりエッチ」が置かれていた。

マガルはすぐさま紙袋に戻し、中身が見えないようにする。

 

「おい、俺こんなのいらないよ。親にバレたら面倒だし。」

 

極めて冷静にそう言い、水を口に含む。

マガルは内心、歓喜していた。

自分では買う勇気がない代物だ、当時思春期だった彼にとっては骨を折るだけの価値があるとまで言っていいほどの価値があった。

しかし、それを態度に出すのはどうしても自分のプライドが許さず、一貫して迷惑だという姿勢を貫いていた。

 

「これマジでいらないから持って帰ってよ。」

 

「いやそう言うなよ。せっかくマガルのために買ってきたんだからさ。ほら店員も気を使って紙袋にしてくれてるじゃん?袋に戻しとけば親にもバレねぇよ。」

 

「退院するときとか面倒じゃん。あと俺こういうの読まないタイプだから。」

 

何度か押し問答が続き、マガル自身引っ込みがつかなくなった時、夕方のチャイムが聞こえてきた。

 

「とにかくさ、とりあえず受け取ってよ。じゃあ俺たちもう帰るわ、またね。」

 

強引にマガルにふたりエッチを押し付け、チャイムを合図に帰り支度を整える。

皆がカバンを担ぎ帰ろうとする中「あ、そうだ」とチームメイトの一人が立ち止まった。

 

「マガル、俺たち何とか勝ち続けるから、全国大会で一緒にサッカーしようぜ。」

 

終わりよければ、という言葉がマガルの頭によぎる。

最後に良い感じのことを言えば格好よくなるもんだなと感心する。

 

夕日が差し込む部屋にはシワの入った紙袋を大事そうに抱えるマガルだけがいる。

少し顔が赤いのはきっと夕日のせいだ。

ジワリと汗をかいているのも、心臓がトクトクといつもよりも駆け足なのも、きっとすべて夕日のせいだ。

マガルは抱えた紙袋から中身を取り出し、表紙をまじまじと見つめる。

チームメイトに本気で感謝したのは、この時が初めてかもしれない。

 

すぐに読み始めたいのだが、いつ人が来るかわからない恐怖と、「こういうのは深夜に楽しむものだろ」という謎のこだわりが働いて、ただ表紙だけを見つめ中身を想像するまでで我慢する。

 

決行は深夜。

 

その言葉を誓いの言葉として、マガルはベッドのわきに置かれた棚にそっとふたりエッチをしまった。

今夜自分は未知の領域に足を踏み入れることになる。

そう考えるだけで全身が騒がしくなり口元が緩む。

かつてこれほど緊張した瞬間はなかったように思う。

 

決行は今夜。

 

もう一度その言葉を胸に深く刻み、マガルは少し仮眠をとることにした。 

 

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次の更新で続き。

 

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