白色の日
だめだ、どうしてもマックが食べたい。
男は突然の衝動に駆られて席を立つ。
仕事中は『緩くのんびりと』を信条としているが、こういう時には動きが速くなる。
頭で考えるよりも先に手がパソコンを閉じ、カバンに荷物を詰め込んでいた。
頭の中で『会社を抜け出すことの良し悪し』について会議が始まりかけたが、すぐさま、こんな浮ついた気持ちで仕事をするのは会社に失礼だ、と自分に言い聞かせ、何を頼もうかと頭にメニューを思い浮かべる。
この切り替えの早さや行動力を仕事で少しでも発揮できればいいのだが、そういう人間は元より仕事を抜け出してマックに行こうとは思わないのかもしれない。
そう思うと、自分みたいな人間がいるからマックは潰れないでいられると錯覚し、男は何かを成し遂げたかのような充実感を得られた。
「上司より~普通に~ナゲットがっ好っき~」
今はもうテレビで見かけなくなった芸人のネタに気持ちをのせて、小声で歌いながらカバンを背負う。
そういえばあの芸人は今どうやって生計を立てているのだろうか。
「あれ、マガル外回りか?」
後ろから声が聞こえ振り替えると、会議から戻ってきた上司が立っていた。
「〇〇社が資料について分からないそうなので、説明してこようと思います。ちょうど別の資料もできたところなので、ついでにこれも見てもらうつもりです。」
頑張れよと送り出す上司を背に、男は出口へ向かって歩き出す。
〇〇社への説明はすでに先週済ませてあったのだが、男はそれを上司に報告していなかった。
こういう時のために仕事を前倒しで進め、成果をストックしているのだ。
会社を出ると、午前中から降り続いていた雪が街を白で覆いつくしていた。
地面と空の境界線が分からない程の雪の中で、まだ誰も歩いていない白い絨毯に、足跡をつけていく。
少し足を速めると、水を含んだ雪が跳ねて足元が濡れてきた。
次右足が濡れたらチーズバーガーで、左足が濡れたらビッグマックにしよう。
普段なら鬱陶しく感じるべちゃべちゃとした雪も、気持ち一つで自分の幸せを応援してくれているような気がした。
マガルは車に向けて走り出す。
やがて車のエンジン音が響き一台の車が走り出すと、辺りは再び白一色の世界になった。
降り続ける雪は少しずつ、男がここにいたという事実を消していく。
誰もいない白い世界の中で、力強い左足の跡だけが残っていた。