ちょっと奥さん、聞いてよ

日々の出来事を小説風に記録。社会の端っこで息をひそめる人間の物語。ここだけは自分が主役。

パワハラ育成所

「久しぶり、マガル。急に電話かけてごめんね。元気にしてた?」

 

「お久しぶりです。なんやかんやと元気にしてますよ。先輩はお元気でしたか?」

 

「いや実はさ、俺は元気なんだけど会社があんまりいい雰囲気じゃなくてさ。ちょっと愚痴聞いてくれない?」

 

「もちろん良いですよ。どうしました?」

 

「マガルが働いてた時さ、清水って上司いたじゃん?ほら、パワハラ気質のあった人。あの人は今もウチの上司なんだけど、パワハラ具合に拍車がかかってもう完全に孤立状態なんだよね。しかもその下で働くリーダーたちが清水のパワハラでフラストレーション溜まって、そのさらに下の人たちにパワハラまがいな態度取ってるの。まるでパワハラの育成所みたいになっててさ、みんなに注意して回ってるんだけど、なかなか治らないんだよね。」

 

マガルは電話越しに先輩の話を聞きながら、頭の中でその状況を再現してみた。

何も違和感なく思い浮かべることができ、きっとこんな風に怒っているんだろうなと容易に想像することができた。

清水というのはマガルが以前勤めていた会社の課長であり、誰に印象を聞いても眉間にしわを寄せながら苦笑いしてしまうような人物だ。

昔、マガルと先輩は部長の下で働き、その配下にいるリーダーたちへの緩衝材となっていた。

しかし今はマガルが仕事を辞め、また先輩は立場が変わり、清水からその配下への攻撃を遮るものが何もなくなってしまったらしい。

 

「部長は清水に対して注意したりしないんですか?」

 

マガルの質問に対して、電話越しに先輩のため息が聞こえてくる。

 

「部長も清水のパワハラを問題視してるし、実際下の子たちは部長に相談したりしてるんだけどね。でも部長は注意して清水が怒り出すのが嫌みたいで、結局下の子たちをなだめるだけなんだよ。」

 

そうだ、あそこはそういう会社だった。

マガルは当時の記憶の上から良い思い出を何層も塗り重ね、思い出さないようにしていたが、奥にしまった記憶が少しずつ掘り起こされてきていた。

 

早朝に呼び出されようとも、深夜に家に押しかけられようとも、暴言を吐かれようとも、皆「大変だね、頑張れ」と言うだけだった。

先輩だけが唯一、これは問題だと会社に問題提起し、助けてくれたのだ。

あの時は助けを求めることさえ怖くてできず、ただただ心が削られる毎日だった。

 

先輩との電話を終えたマガルがスマホの画面を見ると、通話時間は2時間に及んでいた。

切り際に先輩が残した言葉は「聞いてくれてありがとう、助かった」だった。

だが、たった2時間話を聞いただけでは、状況は何一つ好転していない。

具体的な策は思いついていないものの、マガルの心には「あの時の恩を返したい」という気持ちが強く心に残っていた。

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