ちょっと奥さん、聞いてよ

日々の出来事を小説風に記録。社会の端っこで息をひそめる人間の物語。ここだけは自分が主役。

ココロカクテル

家に帰り胸を開くと、体の中から一つずつ異物を取り出していく。

 

昼頃に仕事が捗らずイライラしている自覚はあって、体から出した手を見ると、やっぱり『怒り』と書かれた容器は8割ほどにまで満たされていた。

その代わりに、朝新品に入れ替えた『喜び』はすでに少し黒ずんでいた。

マガルが『怒り』の蓋を開け洗面所に流すと、排水溝の奥から凝縮されたカビのような臭いが上がってきた。

 

「うぅ、臭い…。」

 

眉間にしわを寄せながらつぶやき、『喜び』が入った容器の蓋を緩める。

半分ほど蓋が開いたところで、ふと思い立ってマガルは手を止めた。

 

「これくらいの濁りなら明日も使えるか、どうせ今日と同じような日だろうし。」

 

誰に語り掛けるわけでもないが、自分のやることを肯定するために、或いは自信を持つために声に出したのかもしれない。

マガルは緩めた蓋を閉めなおし、割れないようにゆっくりと『喜び』を片付けた。

保管箱に触れると、以前医者に言われたことが思い出された。

 

「喜びはできるだけ新品のものを使い、極力使い回ししないでください。正の感情が腐れば負の感情が溜まる速度は加速します。」

 

確か前に病院に行ったのは11月の初めのころだ。

あの時に3ヶ月分の正の感情を処方してもらったはずだから、本来ならそろそろ新しいものをもらいに行かなければいけない。

 

そう思いながら保管箱の中を覗くと、まだ1ヶ月分ほどのストックがあった。

マガルは自分のめんどくさがりな性格に辟易しながら、ゆっくりと腰を上げる。

さっき片付けたばかりの『喜び』を再び取り出し、今度は途中で手を止めることなく一気に蓋を開く。

こぼさないように目線の高さまで上げて中を凝視すると、やはり朝よりもだいぶ黒くなっているようだ。

『怒り』と同様に洗面所に流すと、今度は少し角のある金木犀の匂いが広がった。

 

どうせなら全部取り換えてしまおうと思い立ち、『優しさ』や『愛情』の容器を空にしていく。

正の感情をすべて流し終えたところでマガルはあることに気が付いた。

 

『素直』のストックが無くなっている。

 

しかし既に『素直』は他の感情たちと一緒に排水管を伝って、どこか知らないところで混ざり合っているころだろう。

マガルは何かで代用できないかと考えてみたが、最低限の感情しか買っていないので代わりになるようなものは何もなかった。

 

「仕方ない。明日は素直さは無しで優しさと笑顔だけで乗り切ろう」

 

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