あなたのそばがいい
そばが食べたい、というよりもそばを作りたい。
多分感覚的にはこっちの方が正しいと思う。
そう思うと今すぐにでも作りたくなってきた。
パソコンを立ち上げて蕎麦打ちの道具を調べると、変な形の包丁やお盆みたいな器、長い棒などいろいろなものが必要だと分かった。
全て揃えようとすると初心者セットでも2万円程するようだ。
もしかしたら、と思い台所を漁ってみるが、やはり家には代用できそうなものがなかった。
その代わりに、無くなったと思っていた爪楊枝を棚の奥から発見することができた。
爪楊枝の束を隣に座らせて、再びパソコンと向き合う。
【そば打ちセット 買える場所】
検索欄に打ち込んでみるが、結果はどれもオンラインショップにつながるものだった。
出来れば目で見て買いたい。ものを見ずに買うことに対する懐疑的な考えを払拭することができず、今度はもう少し丁寧にパソコンに問いかけてみる。
【蕎麦打ちセットはどこで買えますか】
半ば諦めた状態での検索だったが、画面にはさっきと違う結果が表示されている。
ほとんどは同じようにオンラインショップだったが、一つだけ、東急ハンズが紹介されていた。
どうやら東急ハンズには蕎麦打ちの道具と、さらにお手入れセットなるものまで売られているらしい。
パソコンも人と同じで、丁寧に問いかければ丁寧に答えてくれるようだ。
パソコンさんにお礼を言いながら、車のキーを手に取る。
行先は田舎にとっての東急ハンズである『カーマ』。車で約20分ほどだ。
せっかく東急ハンズを教えてくれたパソコンさんには申し訳ないが、僕の住む地域にあるものは限られている。
都会感覚で話を進めるのはやめてほしいと思った。
カーマに着くと休日ということもあって結構な賑わいをみせていた。
調理器具コーナーやアウトドアコーナーを見て回ったがそれらしいものは見つけられず、仕方なく店員さんに聞いてみることにする。
「あの、すいません。蕎麦作りたいんですけど、初心者セットみたいなのありますか?あの変わった包丁とか、長い棒とか全部セットになったようなやつが欲しいんですけど。」
言いながら、自分がなにかとても恥ずかしいことをしているような気がして、途端に頭の中で文章が分解されてしまう。
上手く言いたいのに、バラバラになった単語をつなぎとめて口から吐き出すだけで精一杯になってしまった。
店員さんの頭の上にハテナマークが浮かんでいるのが見える。
だめだ、僕の言葉が伝わっていない。
「あ、麺を作るときに伸ばす棒とか、麺を切る用の包丁とかなんですけど、そういうのおいてませんか?」
さっきと同じような言葉をもう一度伝えると、店員さんはマスク越しに鼻で笑い「そういうものは置いてません。」と一蹴されてしまった。
無いのか、という落胆よりも、そんな風に言わなくても、という不満が胸から染み出してくる。
伝え方が悪かったのは僕のせいだけど、鼻で笑うことないのに。
もう店員に相談するのはやめて、パソコンさんを通して蕎麦打ちセットを買うことにしよう。
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