ちょっと奥さん、聞いてよ

日々の出来事を小説風に記録。社会の端っこで息をひそめる人間の物語。ここだけは自分が主役。

1週間頑張ったで賞 受賞

冷たい風に身をすくめながら立っていると、勢いよく扉が開き和服の女性が出てきた。

 

「すみません、このドア手動なんですよ。」

 

なるほど、高いお店はどこも自動ドアだと思っていたが、どうもそうではないらしい。

一向に開く気配のなかったドアに「もしかして入る資格がないのか」と心が折れそうになっている時だった。

出鼻をくじかれた恥ずかしさはあったが、マスクがうまくそれを隠してくれたおかげで無事に物怖じせずに入店する。

女性に促されて店内に入ると、瞬間的に美味しいお店だと思った。

出汁の匂いが全身を包み込み、温かくもてなしている。

暖色系の照明と弦楽器のBGM、竹を張り合わせたような壁、そのどれもが綺麗に混ざり合い『美味しい蕎麦屋』を演出している気がする。

 

小さな店内を見渡すと、お客さんは僕と老夫婦だけだった。

カウンターの端に座る老夫婦に目を配りながら、3つ席を空けたところにゆっくりと座る。

2人は恐らく食事を済ませた後で、食後のデザートを楽しんでいる。

お店に似合っている、そう思った。

 

高級感の漂う店内で速く動くことはマナー違反のような気がして、一つ一つの動作がゆっくりになってしまう。

ゆっくりとメニューを開くと品名よりも先に値段が目に入り、僕はゆっくり驚いた。

マスクをしていてよかった、そば1杯が2,000円を超えている。

富士そばの約7倍だ。

僕はここに居て良いのかという躊躇いが生まれたが、ゆっくりとかぶりを振って考え方を変える。

 

この1週間は満足のいく仕事ができた。

やり切ったと自信を持って言える。

これは自分へのご褒美なんだから、高くなきゃ意味がない。

 

自分に強く言い聞かせ、値段は視界に入らないように目を細めて食べたいものを選ぶ。

味を文章で伝えるほどの文才はないので日記は終わるが、僕の思いつくような陳腐な言葉では表せない程の美味しさだった。

 

1週間頑張ってよかった。

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