ちょっと奥さん、聞いてよ

日々の出来事を小説風に記録。社会の端っこで息をひそめる人間の物語。ここだけは自分が主役。

内気な青春 もう一つのお話3

前の記事の続き。 ──────────────────────────────────── 日中は勉強をする気になれず、恐ろしくゆっくりと進む時間の中で時計とテレビを交互に見続けていた。 その日の夕方、昨日と同じころにまたもや病室の外から騒がしい声が聞こえてきた。 ノックも無く…

内気な青春 もう一つのお話2

前の記事の続き ──────────────────────────────────── ぼんやりと目を開けると、母親の姿が目に入った。 「あ、おはよう。着替え持ってきたから置いとくね。足の具合はどう?」 「ん、大丈夫。」 短い会話の後、マガルは寝る前の行動を思い出してハッとする…

内気な青春 もう一つのお話1

病院ってなんでこんなに暇なんだろう。 足が動かないせいで一人で散歩することもできないし、かといってベッドで時間をつぶせるようなものが何もない。 マガルはベッドの端の方に置かれた推理小説に目を向ける。 入院生活の暇つぶしにと母親が1階の売店で買…

内気な青春 3

前の日記の続き。 ───────────────────── 骨折をした次の日、マガルは病院のベッドで横になっていた。 少しクセのある骨の折り方をしたらしく、1週間入院することになっていたのだ。 最後の大会に自分が間に合わないということが未だに信じられず、心のどこ…

内気な青春 2

前の日記の続き。 ───────────────────── 試合当日、空は気持ちのいい晴れ方をしていた。 時折、グラウンドには緑に色付きだした木々を揺らしながら風が舞い込み、小さな砂埃を上げている。 あたたかな太陽の匂い、スパイクが固い地面をこする音、所々石灰の…

内気な青春 1

本日は高校サッカー決勝戦。 自身も学生時代サッカー部に所属していたことから、カドヲマガルも仕事をしながら観戦していた。 この男、小中高とサッカーを続けてきたものの大してうまくはないし、プロサッカーにも興味がない。 だがしかし、高校サッカーに関…

夜食

半分ほど資料を作り終えたところで、プツンと集中の糸が切れる音がした。 頭の中が急に散らかりだして、考え事がうまくまとまらない。 考えているうちに何を考えていたのか忘れてしまう。 深夜まで仕事をしていると、突発的にこういう状態に陥ることがある。…

ある男の誓い

客の少ない店内では、耳を澄ませば全ての会話を聞くことができた。 例えば隣の客はコロナについて話している。 「吉田沙保里もコロナになったらしいですよ」 「吉田沙保里って誰でしたっけ?」 「ほらあの人ですよ、霊長類の人!あれ、あの人は霊長類で合っ…

夜の王

朝から降り続けた雪は一日かけて街をすっかり覆い隠してしまった。 外へ出てみると雪がすべての音を飲み込みしんと静まり返っている。 何も存在しない夜に自分だけがぽつんと立っていると、まるでこの夜を支配しているように錯覚する。 不意に「夜の王」とい…

週に一度の爽やかな絶望

朝起きて男が最初に思ったことは「あと1日で開放される」だった。 男にとって金曜日は唯一希望を持って働ける日である。 寒さのせいで布団を抜け出すことができず、あと5分を3度繰り返したころ、ようやく意を決して起き上がることに成功した。 両手足が布団…

光る暗闇

午前6時30分。 空はまだ暗く、風の音だけが響いていた。 昨日の予報では、今日は大寒波の影響で大雪になると報道されていたが、道路は少し湿っている程度だった。 しかしそれでも寒い。家を出ると風が顔に打ち付け、思わず「ウッ」と小さな呻き声が漏れた。 …

上司と社畜と悪魔と私

「ちょっと荷物の受け取り行ってきて」 上司に軽い感じで頼みごとをされ、同じく軽い感じで「はい」と返事をした。 先に確認をしなかった私が悪かったのだろうか、なんと隣の県まで荷物を受け取りに行くことになってしまった。 上司と私の間で”ちょっと”とい…