ちょっと奥さん、聞いてよ

日々の出来事を小説風に記録。社会の端っこで息をひそめる人間の物語。ここだけは自分が主役。

鳴かぬなら 代わりに鳴くよ ホトトギス

何気なくテレビを見ていると『ブレイブ』という映画のCMが流れてきた。

現代の高校生が、織田信長が生きていた時代にタイムスリップをするという話らしい。

 

手に持っていた缶チューハイを口につけ、体をのけぞらせる。

ズズッという音が部屋に響き、深いため息が後を追って部屋を埋め尽くす。

 

この映画だけでなく、今まで何度も信長の時代にタイムスリップした映画を見てきた。

信長も、まさかここまで現代の人間がやってくるとは思ってもみなかっただろう。

最初こそ斬新な切り口と話題になったかもしれないが、今となってはやりつくされて乾いたぞうきんを絞るような設定だ。

今さら高校生がタイムスリップしてきたところで、信長は驚かないかもしれない。

それどころか、カメラを向けられてもポーズをキメるくらいに慣れているかもしれない。

 

その点私は、高校生が家に来たら驚くし、カメラを向けられてもポーズ一つ決めることができない。

せいぜいモジモジしながらはにかむのが関の山だろう。

信長よりもよっぽどリアルなリアクションを取れる自信がある。

映画監督には詳しくないので、ブレイブの監督が誰かなんて分からないが、すれた信長を起用するくらいなら私を起用したらどうだろうか。

 

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金のオノと良い匂いのワックス

髪を切るのってなんでこんなに大変なんだろう。

 

私は、口には出さず頭の中でこっそりとそう呟いた。

長さや色の指定をして、その後雑誌でまたイメージの確認をして、途中でまた長さの確認をされて…。

「これで良いですか?」なんて聞かれても何が良いかなんて分からないし、逆にどうですかと聞き返したくなる。

 

ハサミの音が止まり、両手で頭を少しだけ左に傾けられた。

 

「結構軽くなったと思いますよ。どうですか?」

 

「あ…はい、軽くていい感じだと思います。」

 

これは軽いのか、そして良い感じなのか自分の言葉に一切の自信が持てない。

でもなんとなく、この人はこの言葉が欲しいのかなと思った。

私の返事はこの人にとって、業務終了を告げるチャイムのようなものかもしれない。

満足そうに頷きながら軽く伸びをしている。

 

「この後なにか予定あるんですか?」

 

軽い調子で聞かれたので、私も同じように軽い調子で答える。

 

「あ、えっと家でドキュメンタルの続きを見て、その後チャーハン食べますっ。」

 

「あ、へ~。…一応ワックスつけときましょうか?」

 

お情けなのか、チャーハンを外で食べると思っているのか分からないが、どうやら私でもワックスをつけてもらえるらしい。

もしかするとどう答えてもつけてくれるつもりだったのかもしれない。

それでも、金の斧銀の斧で正直者の男が斧を二本貰ったような気持ちになる。

 

面白みのない休日を過ごす男でも、正直でいればワックスをもらえるようだ。

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怪しいものではございません!

東京には『新宿の母』と呼ばれる占いの権化がいるように、こんな田舎にもその土地の母を名乗る占い師がいる。

一ヶ月ほど前、友人のミナミと酒を飲みながらそんな都市伝説で盛り上がっていた。

まだ意識がはっきりしているうちに確かめてみようと、その場でお互いにスマホで調べることにした。

しかしいざ調べてみると、存在をほのめかすような情報は出ているものの、肝心の住所や連絡先が載っていない。

分かったのはアパートの一室でやっているということと、その他の情報は何も開示していないということだけだった。

「占ってもらった」という情報はあるが、それ以上の話がなく、蜃気楼を追っているようだった。

これでは埒が明かない。

私と同じタイミングでミナミもそう感じたらしい。

2人がだした結論は「探しに行く」だった。

 

そして今日、私とミナミは母なる存在を探すべく行動する。

田舎からさらに田舎へ向けて車で走ること約1時間、目的の場所に到着した。

と言っても、住所が分からないためあくまで”ここら辺”というような場所だ。

住宅街ではあるものの人はほとんどおらず、まるで古びた模型が建ち並んでいるような感覚になる。

核心的な情報はないまでも、何人かがネットで「コンビニの裏あたりにあるアパート」と言っていた。

そこまで言うなら住所を言ってしまえばいいのに、と文句を言いつつも、その胡散臭さが楽しみの肥やしになっていた。

 

とりあえずコンビニに車を止めて、裏側へ回ってみる。

裏側には廃墟と言われても納得できるようなアパートがいくつか建ち並んでいる。

相変わらず人の気配はほとんど感じられない。

 

「ミナミ、占い師ってきっとお化けの出そうなボロいアパートに住んでるよな?」

 

「うーん、そうとも限らないんじゃない?有名な占い師なら儲かってるだろうし、向こうにある綺麗なマンションに引っ越してるかも。」

 

ミナミがアパートのさらに奥にそびえるマンション群を指さす。

なるほど、確かにその考えもあり得る。

ミナミの考えに納得しつつも、手掛かりのない今の状態ではネットからの数少ない情報を信じるのが最善な気がする。

 

「じゃあとりあえずここら辺のアパートを見て回って、それからマンションの方に行ってみよっか。占い師ですって看板は出てないだろうし…それっぽい雰囲気のモノを探してみるか。」

 

「えっと、例えば入り口の前に水晶が置いてある…とか?」

 

「そうそう。あと干してあるタオルの柄が六芒星とか。」

 

何もすがり付くものがなかったので、どこまでが冗談でどこまでが本気かお互い分からないまま、話は進んでいく。

結局、お互いに占い師に対して違う偏見を持つ二人は、話し合いの末に水晶・六芒星柄の何か・紫色を多くまとう人・お札が貼ってある軽自動車を探すことにした。

本物の占い師がどんな格好をしているのかは知らないが、この条件に当てはまる人が占い師じゃない訳ないだろう、という逆説的な考えだ。

 

時間短縮のために担当分けをすることになり、私はベランダを観察し、ミナミが玄関を観察しながらアパートの間を縫っていく。

10分ほど探し回っていると、ある一室のベランダに、紫色の背景にアナと雪の女王が描かれたタオルが干されているのを見つけた。

これはもしやと思いミナミを小突く。

 

「ミナミ、あそこのベランダ見て。紫色のタオルだ。アナと雪の女王って確か魔女も出るよな?あれはもしかして、占い師という看板を掲げない代わりのヒントじゃないかな。私はここにいますよっていうメッセージなんじゃ」

 

「マガル、それは絶対違うから次を探そう。」

 

最後まで言い終える前にミナミに一蹴されてしまった。

どうやら、占い師以外にも紫色を身に着ける人間はいるらしい。

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父の子が思うこと

ふとカレンダーの月を数えてみると、いつの間にか実家に戻って1年半が経っていた。

10年ぶりに実家に住み始めたのだから最初こそ戸惑いはあったものの、今ではほとんどのことに居心地の良さを感じている。

しかし、いや、だからと言うべきだろうか。

ほとんど居心地がいい。だからこそ『ほとんど』から漏れた部分が際立ってしまう。

 

夕方、買い物袋をぶら下げた父が帰ってきた。

 

「はい、おはぎ買ってきたぞ。ここに置いとくからな。」

 

「あ、うん…。ありがとう。」

 

父の方には目を向けず、携帯の画面に向かって言葉をこぼす。

台所のテーブルからガサガサと音がして、袋が置かれたのだと分かった。

動こうとしない私の代わりに、母がテーブルへ歩み寄る。

すると母が、袋を広げながら「あれ。」と呟いた。

 

「マガル、おはぎ食べれないでしょ。私が食べて良い?」

 

ドキリとして言葉に詰まってしまった。

母の言葉に、私よりも先に父が反応する。

 

「あれ、そうだっけ?お前はよく知ってるね。」

 

母に言った父のその言葉は、私が恐れている言葉だ。

心臓が冷水に落とされたように一瞬息が止まる。

そして深い水の中でもがくような感覚に陥る。

 

ゆっくりと鼻から息を吐き出し、少しずつ呼吸を取り戻しながら口を開いた。

 

「あー、でも一応置いといて。」

 

食べるつもりはないのに、曖昧な返事をしてしまう。

あとで父が自室に戻った時に、母に食べてもらおう。

 

私と父は、お互いのことをあまり知らない。

仲が悪い、ではなく、知らない。この言葉の方が合っている。

昔実家に住んでいた時には、父は早朝から深夜まで仕事に明け暮れ、家で顔を合わす機会はほとんどなかった。

それに拍車をかけるように10年の一人暮らし期間。

私は父のことをあまり知らないまま大人になってしまった。

 

この1年半の生活を通して、父が私に気を使っていることが節々で感じられた。

例えばおはぎを買ってきたことにしても、朧(おぼろ)げな記憶をたどってところで、昔は父が私に何か買ってきたことはなかったように思う。

気を使われているという感覚が見えない壁を作り出し、私と父を隔てている。

 

もしかしたら父も同じように、私が気を使っていることを感じ取っているかもしれない。

そう思うと、壁はさらに厚みを増し、よりはっきりと目の前に現れる。

 

楽しく笑いながら会話をしてみたいという気持ちはあるものの、今更父に気さくに話しかける勇気が出ない。

父はきっと私に対して、あまり話しかけてこないやつというイメージを持っているだろう。

そう思うと、父のイメージから出ることが悪いことのような気がしてしまう。

 

何一つ行動していないのに、妄想だけが先走り、窮屈に感じるほど壁の厚みが増している。

 

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選ばれなかったチョコレート

今週のお題「チョコレート」

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「3、2、1、、、しゅーりょー。」

 

時計の針がちょうど0時を指す瞬間に合わせて、マガルは一人呟いた。

2月14日が終わり、15日がやってきた。

 

朝になれば仕事なのだから、早く寝なければいけない。

頭ではそう理解しているものの、一種の使命感に駆られてコートを着込み外へ飛び出す。

もともと人気(ひとけ)のない町だが、ほとんどの家の明かりが消えている分より一層寂しさが漂っている。

時折通る車が一瞬だけ静寂を壊して去っていく。

 

10分ほど歩くと、コンビニに着いた。

寝静まった町など意にも介さず強く光り続け、月明かりをかき消して激しく自己主張をしている。

眩しさから眉間にしわを寄せながらマガルが店内に入ると、「いらっしゃいませー!」と明るい声をかけられた。

声の方を見ると40代ほどの女性が、こちらに目を向けることなくレジでタバコの入れ替えをしていた。

 

一瞬寂しさが込み上げてきて、お疲れ様と声をかけそうになる。

 

すかさず今の自分を客観的にとらえて、何とか思いとどまることができた。

バレンタインが終わった瞬間に、一人で大量のチョコを買いに来る客を世間はどういう風に見るのだろう。

答えは分からないが、良い結果にはならないとは何となく感じることができた。

 

この行動にどんな意味があるかと聞かれると、自分でも説明することができない。

でも、バレンタインに選ばれなかったチョコのことを思うと、なぜか悲しい気持ちになる。

誰かから誰かへ愛を伝えるために使われるはずなのに、その機会を失ってしまったチョコたち。

もしもチョコに感情があるのなら、この瞬間はきっと耐え難いものだろう。

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花井さんの恩返し

「マガル君、ちょっとばあちゃんの話聞いてよ。」

 

「ん、どうしたの?」

 

「今日ね昼間に病院行ってきたの。そしたら、ほら、あの畑の向かいに住んでる人なんて言ったっけ。」

 

「河合さんのこと?」

 

「あぁそうそう!その花井さんがね。」

 

「ばあちゃん、河合さんだよ!花井さんは川の向こうに住んでる人でしょ。」

 

「あ、河合さんって言ったの?その河合さんがね、病院でずーっとカバンの中漁ってたの。で、どうしたの?って聞いたら、マスクを持ってきたはずが無くしちゃったみたいなの。」

 

「この時期に病院でマスクないのは、いくら田舎でも怖いよね。」

 

「でしょ?だからばあちゃん、カバンの中に使ってないマスクあったから花井さんにそれあげたの。」

 

「河合さんにあげたんだね。喜んでたんじゃない?」

 

「うん、すごく喜んでくれてたんだけどね。さっきばあちゃんが家に帰ってきた後に、花井さんが訪ねてきたの。」

 

「河合さんわざわざお礼言いに来たの?」

 

「うん、そうだった。さっきはありがとうって言いながらマスク30枚も貰っちゃった。それとほら、これ。パンも貰っちゃった。」

 

「河合さん優しいね。昔話みたいな話だね。」

 

「ばあちゃんもそう思ったの。鶴の恩返しもこんな話じゃなかったかなーって。これはあれだね、花井さんの恩返しだね。」

 

「ばあちゃん、花井さんは一回も登場してないからね。花井さんがパン持ってきたらちゃんと不審に思わなきゃダメだからね。」

 

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俺の人生から”俺”が消えるとき

「だから何で俺がこんな面倒な思いをしなきゃいけないんだよ。自分の生き方くらい自分で選びたいわ。」

 

マガルはビールを呷(あお)りながら心の膿を少しだけ吐き出した。

既に何杯飲んだか分からない程酔いが回っているが、それでも膿を出し切るにはまだまだ酒が足りない気がした。

 

「そう思うならまず、マガルが自分の気持ちをしっかり伝えなきゃダメだよ。言いたいこと言わないと一生損し続けるよ。」

 

ハヤシが感情的に答えると、マガルはそれをさらに上回る熱量で反論した。

 

「ハヤシ、それは違うよ。自分の考えを伝えるってことは、相手の考えを否定するってことじゃん。俺は自分を理解してもらえないっていうストレスよりも、相手に嫌な思いをさせたかなって不安になることの方がストレスかかるの。だから俺はただそっとしておいて欲しいんだよ。損するとか得するとかじゃなくて、その輪に入れてほしくないんだよ。」

 

いつも相手の欲しい言葉だけで会話をしていたせいで、自分の気持ちというものが分からない。

でも、これはきっと本心だと思う。

信頼している友達にだからこそ、伝えられる。

 

しかし本心を出しても、マガルの膿がなくなることはなかった。

というよりも、一つ膿を出すと一つ新しい膿が生まれて、とめどなく口からあふれてくる。

 

「みんなと同じように恋愛してなきゃダメなの?恋愛しないで友達と遊んだり、一人で旅行行くのってそんなに変なことなの?なんで赤の他人に『あの人は内気だから彼女出来ない』って噂されなきゃいけないんだよ。」

 

吐き出した膿が、足元に溜まっていく。

 

「頼んでもないのに合コンを企画して、その上そのことを社内で言い広めて『カドヲ君は出会いがあるような生活してないから俺が紹介してあげるんだ』って自慢して歩いてるんだぜ?出会いがある生活しなきゃダメなのかよ。お前の幸せを押し付けんなよ。」

 

ハヤシの後ろに会社の人たちを思い浮かべて、マガルは言葉をぶつけた。

 

「まぁ確かにマガルの気持ちはわかるよ。そのうえ合コンも全然つまらなかったしね。」

 

ハヤシが同調する。

 

「はぁ。ハヤシ、今日はホントにありがとう。今日の場にハヤシがいなくて俺と先輩で二対二の合コンだったら、俺絶対発狂してたわ。」

 

「じゃあ俺がいたおかげで発狂するタイミングが今になったんだな。」

 

ハヤシは冗談だと伝えるために笑いながら言ったが、全くその通りだった。

こうして二人で飲みなおすことができなければ、膿が体を蝕(むしば)んで脳の動きを止めていたんじゃないかと思う。

 

「ちょっとトイレに行ってくるわ。」

 

マガルは足元に散らばる膿を想像し、踏みつぶすように歩いていく。

月曜日になるときっと会社の人たちから「合コンどうだった?」「うまく会話できた?」と聞かれるのだろう。

そのことを思うと、また新しい膿が育ち始めていた。

 

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